本行寺の歴史


本行寺は、慶長16年(1611年)に、一音院日円上人が、姫路城主で備前国(岡山)を兼ねて領していた池田輝政公の外護により、以前の岡山市野田屋町の地に日蓮宗妙満寺派(現在・顕本法華宗)の寺院として創建された。


徳川時代の後半に全焼し、寛政年間(現在より200年以上前)に再建されたが、明治維新の大変動により荒廃、その後、本行寺中興の祖というべき28世住職・能仁日統(のうにんにっとう)上人の時、明治42年に先ず庫裏(住居棟)を改築、続いて大正初期に本堂を新築同様に大修理し、布教の道場として戒壇を整えた。また同時期、同町内にあった同宗派の本門山宝仙寺を吸収合併した。


昭和20年、戦災のため山門のみを残して全焼、そののち昭和の区画整理のため、現在の蕃山町に換地され、昭和24年庫裏を復興、更に昭和37年、本堂が落成した。


戦災時の焼夷弾の跡の残る山門は現在も岡山市被災建築物に指定され、戦災のあとを物語っている。